2022年に開館40周年を迎えた大阪市立東洋陶磁美術館。東洋陶磁の宝庫「安宅コレクション」を中心に、国宝2件と重要文化財13件を含む約6,000件の東洋陶磁などを所蔵し、そのコレクションは世界トップを誇ります。開館40周年を機に2年間の大規模改修期間を経て、2024年4月にリニューアルオープンしました。
本記事では、リニューアルに携わった学芸員のお二人と当社社員による対談を通じて、作品本来の魅力をいかにして引きだすか、ともに試行錯誤し実現した過程をお届けします。
登場人物
東洋陶磁美術館の照明へのこだわり
小林氏
「世界有数の東洋陶磁のコレクションを持つ当館では開館以来、光にとてもこだわってきました。やきものの鑑賞環境で一番重要なものは、光です。世界初の自然採光展示室では、やきものを自然の光でご覧いただけます。
当館は世界的なコレクションがあるというだけではなく、展示の仕方についても非常にこだわりを持ち、国内外で高い評価をいただいています」
小林氏
「当館では12年ほど前に展示照明にLED照明をいち早く取り入れていました。しかし老朽化や部品の供給の問題などもあり、LEDの更新が急務の状態でした」
鄭氏
「ハロゲン時代の暖かみのある光に慣れていたお客さまからは、LED照明だと少し冷たい感じがするという声があり、10年経過してから暗いという意見もありました」
小林氏
「青磁は釉色の見え方が光によって最も影響を受けやすく、“秋の晴れた日の午前10時、北向きの部屋で障子1枚へだてたほどの日の光”が良いと言われます。
それほど青磁の展示は難しいと、やきものをやっている人間はみなさん知っていますが、実際に理想的な照明環境で陶磁器作品を鑑賞できる美術館はそう多くありません。私たちは自然採光展示室での見え方に日々接しているので、できるだけそうした自然な環境に近づけ、既存のもの以上のものを導入したいと思っていました」
展示ケース照明の課題と改善 ―美術館照明の最適化に向けて
モックアップと専用ソフトを用いた照明効果の検証
石神
「当社が初回訪問したのは約5年前です。さまざまなことを一緒に拝見し、その後にモックアップを使った実験検証を行うことになりました。
美術館を数多く訪問して蓄積してきた方法論やノウハウはありますが、一番大事なのは、常に作品を見ている学芸員の方や美術館の思いをどのように再現するかです。作品の持つ魅力について、見識や審美眼に関しては、学芸員の方々に及ぶべくもありません。実験や検証を通じてお互いの考えを共有し、それを形にするお手伝いをさせていただきました」
石神
「どういった光が陶磁器に最適なのかを明確にするため、私たちは学芸員の皆さんとゴールイメージを共有しながら進めました。提案や実験を繰り返し、本当にこの案が美術館にとって良いのか、そしていかにして学芸員の思いを叶えることができるかを常に考えていました」
鄭氏
「ここまで本格的に実験してくれるとは思いませんでした。前回のLED導入の際は、既存の照明ボックスを使って蛍光灯からLEDへ差し替えて比較するのみでした。しかし今回は既存のケースではなく、新たにモックアップを作成した本格的な検証で驚かされました」
小林氏
「今回の実験で画期的だったのは、どの器具が良いかだけではなく、光の当て方によって見え方がどのように変わるかを当館のケースに合わせて詳細に検証したことです。これまでそのような検証はしたことがなかった」
宮本
「我々もここまでの実験はなかなか行わないのですが、今回は機材をすべて持ち込んでやぐらを組み、照明手法そのものを一緒に検証させていただきました。だからこそ、陶磁器をいかに美しく見せるかという観点で美術館にとって理想的な手法が見つかったのではと思います」
鄭氏
「以前に実験をした際、目をどこに置けば良いか迷ってしまうほど展示ケース全面が明るいことがありました。YAMAGIWAさんからは目が自然と作品に行くような照明を提案いただいたので、とても記憶に残っています」
小林氏
「展示ケース全体が明るいのは良いのですけれども、やはり主役は作品ですので、作品が引き立つことが第一です」
鄭氏
「なぜこの照明の位置、色温度で表現したのかということは、それ自体がノウハウであり、YAMAGIWAさんの技術だと思います」
青磁の内なる魅力を引き出すLED照明の選定
青色LEDと紫色LEDの青磁へ与える印象の違い
鄭氏
「YAMAGIWAさんは最初の実験で青色励起LEDと紫色励起LEDの両方をお持ちいただきました。驚いたのは、青磁を並べた時に釉薬の下地の色の見え方が全然違う。紫色の光では下地にある薄いピンク色が浮かび上がり、本来の青磁の深みがものすごく見えてきたんです」
宮本
「青色LEDでも十分に美術館のもつ魅力を再現できるので青色LEDを採用いただくことが多いですが、今回は陶磁器のもつ魅力を最大限に引き出すというみなさまのこだわりにより、紫色LEDをご採用いただきました」
鄭氏
「青色LEDはシャープに見えますが、少し浅く見えていた印象でした。青色も十分きれいでしたが比べてしまうともう青色には戻りたくなかった」
石神
「どちらが青か紫か言わずに実験しても鄭さんが良いとおっしゃるのは紫だったので、これはもう紫でやるしかないなと(笑)」
小林氏
「今回は実験を通して紫色励起の中でも色々な器具があると知り、その中でも作品の見え方が自然なものを追求しました」
美術館専用タブレット調光制御システムの操作性
鄭氏
「照明器具を設置後の照明効果検証もたくさん実施していただきました。青磁、白磁、また鮮やかな色彩の付いたやきものの種類や、同じ青磁でも中国・韓国の国によって少しの調整で、色の出方が変わります。最終的には各展示室のやきものに合う光になったと思います」
宮本
「今回、作品の大きさやケース寸法のバリエーションが多かったので大変でした。どの位置・角度で光を持ってくるかを毎回ミリ単位で調整し、すべてのケースの調整には非常に多くの時間を費やしましたが、最終的にはいいものができたと思います」
小林氏
「調光に関しても非常に設定がしやすくなりました。明るさを細かに調整する際、今までは手動で制御していましたが、今回はタブレットで調整が可能になり、思った通りに細かな調整ができました。また、事後も自在にケースごとに調整ができるのはとてもよかったです。これも宮本さんの話にあるように、最初にYAMAGIWAさんと二人三脚で、それこそ1%刻みで展示ケースごとに初期設定をしていたおかげです」
「美しいものを美しく見せる」
石神
「当時、鄭さんが韓国陶磁の見せ方について仰っていたことが印象に残っています。展示室内の照度を保ち順路を誘導する方法もありますが、東洋陶磁美術館さまでは暗めの展示室に展示ケースが少し浮いて並んでいるように見えます。ケース前にひじかけがあり、作品をじっくり見ていただきやすい環境ですね」
小林氏
「韓国の陶磁器は小ぶりで繊細なものが多いので、少し暗い空間や天井が低い中で見ていただき、一方で中国の迫力ある陶磁器は天井を高くした明るい開放的な空間となっています。今回は開館当初のコンセプトである『美しいものを美しく見せる』を光によってより引き立てていただきました」
―改修後、来館者の反応はいかがですか
鄭氏
「作品が良く見え見やすくなったというお声をたくさんいただいています。韓国からのVIPの方をご案内した際に、『韓国にもこんな素晴らしいものがまだあるのか』と良い反応をいただくこともありました。作品の見せ方や光がとても大事だとお伝えしています」
小林氏
「それは中国の方もそうですね。それだけ光によって作品の見え方や作品の質そのものも大きく左右するもので、非常に大事な部分です」
美術館と照明会社の共創がもたらす相乗効果
鄭氏
「良い照明があっても、現場にいる学芸員さんがその重要性に気づいていなければ価値がないのではと思っています」
石神
「そうですね。器具の仕様で選定されることもありますが、演色性が高いとか、性能評価はあくまでも紙面での話です。展示ケースであったり、ウォールウォッシャーであったり、作品をどう見せるのかは照明会社の技術だと思います。同じ器具でも違う会社で同じようには実現できないはずです」
鄭氏
「同じ作品でも学芸員がどうハンドリングするかによって作品の魅力の伝わり方が全然違います。照明器具でも同じように、つけ方によって全然見え方が違うことを知っていただきたいですね」
小林氏
「作品の正しい理解や鑑賞にも関わることから、照明に対するいろいろな実体験やノウハウを学芸員側も持っておく必要があると思います。今回は私たちにとって非常に勉強になりました」
宮本
「僕らも学芸員さんの視点は学ぶことが多かったです。例えば釉薬の重なりとか、普段そういうところを見ていらっしゃるのだと」
小林氏
「単純な色ではないですからね。土の色があり、釉薬ガラス層があり、奥行きもあります。見え方というのは光で大きく変わってしまいます」
鄭氏
「今回は実験を通して違いがよく分かりましたので、こうした知見を普及することも大事だと思います。YAMAGIWAさんは石神さんから後継者ともいえるような若い年代の宮本さんと、きちんと受け継がれている。ここも素晴らしいと感じました」
これからの美術館照明の可能性
小林氏
「照明も含めやきものを鑑賞いただく環境をここまでこだわりましたので、当館の素晴らしいコレクションの魅力を多くの方に体感していただきたいです。
美術館にとっての核はやはりコレクションです。一つの名品、ものによっては1000年以上受け継がれており本当に色々な魅力があります。異なる切り口、見せ方によってお客様の感じ方も毎回違うはずですので、様々な角度から作品の良さを伝えていきたいと思います。また、光のこともぜひ講習などを通して多くの方に知っていただきたいです」
Information
大阪市立東洋陶磁美術館
https://www.moco.or.jp/